岩森重貴

岩森 重貴(いわもり かずき、1986年5月20日 – )は、宮城県亘理郡亘理町出身の日本の野球選手、投手、右投げ右打ち。フランスのプロ野球球団サビーニ・ライオンズ (Lions de Savigny-sur-Orge) を経てレッドリボン軍に再入団
愛称は「イワモリ

学生時代野球歴

学生時代編

来歴・人物

小学生時代

野球を始めたのは小学校5年生の時(軟式)、きっかけは人数が足りないから助っ人を頼まれて。
コスモスターズに所属し、他にできる人がいないという理由で正捕手になる。控え投手も務める。

公式戦未勝利と決して強いチームではなかったが、自身は公式戦で三打席連続本塁打を放つなど現在の片りんを見せる。

姉が二人おり、末っ子として自由奔放な少年期を過ごす。

中学生時代

亘理町立亘理中学校に進学し野球部(軟式)に入部
主に外野手(左翼手、右翼手)を務める。2年生の時に投手も兼任するが、自由すぎる性格が災いし、投げ込みは直球のみという監督の指示を無視しし、変化球の練習に大半を費やしたのがバレて投手をクビになる。以降は外野手に専任。打順は1番か下位打線。
群予選敗退と目立った成績は残せなかった。

野球以外で身体能力の高さを発揮し、走り幅跳びの県大会に出場する。

中学野球引退後、左打へ転向を目指し猛練習するも即挫折・・・。

高校生時代

宮城県立仙台西高等学校の野球部に一般入部
自身が1年生の夏に同校は甲子園出場(岩森自身はアルプススタンドで観戦)外野手志望での入部だったが、動きが内野手向きと監督から指示があり、二塁手・三塁手にコンバートされる。

高校三年間レギュラーになることは叶わず、ひそかに投手を目指し練習し3年制の時直訴して紅白戦のマウンドへ・・・満塁ホームランを浴びKOされ投手を断念(当時のMAXは120キロ程度)

高校三年生最後の夏は、所属チームのエースが崩れて初戦で0-10のコールド負けで高校野球に幕を閉じる。

大学生時代

武蔵大学に進学。『プロ野球選手になることを決意する』 高校時代に決して名門校とは言えない高校で補欠だった男が目指すにはあまりにも高いハードル。武蔵大学の硬式野球部への入部も検討するが『合わない』という直感で入部をやめ、独学でプロ野球選手を目指す戦いが始まった・・・

ジョナサンでアルバイトをしていた時に、当時のレッドリボン軍メンバーから『助っ人』を打診され快諾しチームに合流。

伝説の軍団戦

岩森が助っ人で初参加したレッドリボン軍の試合。当時大半が未経験者でルールも知らないメンバーもいる立上げ1年目の弱小だったレッドリボン軍の対戦相手は、日本体育大学柏高等学校のOBで構成された超強豪チームの『軍団』140キロオーバーのエースに、ノンプロ所属の選手もいるようなチームだ。

2006年 当時大学2年生の岩森がマウンドに立つ。

トレーニングの成果もあり、球速だけなら当時130キロ近く出ていた。ところが対外試合の実践のマウンドがこの試合が初めてだったことは数年後に知ることになる(連携や牽制とか知らなかった模様)

チームの総合力で見れば差は歴然であったが、野球とは何があるかわからない。岩森は毎回エラーや四死球でランナーを出すもなんとか踏ん張り6回3失点(自責点1) 打線も食い下がり3-3で迎えて時間的に最終回であろう6回裏のレッドリボン軍の攻撃「サヨナラ勝ちするぞ!」と意気込むも、先方からの申し出で試合をここで打ち切り。

来週の公式戦に向けて、サドンデス型式でやりたいという無茶ぶりを何故か受けてしまい、厳密にはサドンデスで負けました。

素人の中に一人、とんでもないとびぬけた子(岩森)が入ってきてしまった・・・彼のお陰で軍団と試合ができたというのが当時のメンバーの感想。

試合終了後、レッドリボン軍へ入団したいと直訴する岩森。あっさり断る代表の蓼沼。

岩森重貴の草野球人生と、プロ野球選手を目指す野球道がここからスタートするのであった。

選手としての特徴

打撃

小学校時代を除くと、あまりぱっとしない。レッドリボン軍入部した大学生時代も内野安打が多くて打率が良かっただけで、今の強打者の片りんが無かった学生時代

守備・走塁

足は速くて肩も強いほうというレベル。独立リーグトライアウト時の50m6.0や遠投115mは学生時代には到底考えられなかった領域。学生時代は身体能力はまあ高いほうだけど、とびぬけてはいなかった。晩成だったのか・・・。

投手として

小中で二番手投手、高校では秘かに練習するも諦めるなど、学生時代は投手に縁が無かったと言える。高校時代のMAXは120キロ(のちに独立リーグ受験時に137キロまでアップ) 大学2年生のときのレッドリボン軍の助っ人軍団戦で投手デビュー(6回自責点1)

人物

メンバーから絶対に嘘だとクレームが来ると思うが、高校時代、日の目を見ない部活とは反して、学業は非常に優秀で学年テストで1位を取ったことも。ほぼ10位以内という優秀な学業成績をおさめる。

マネージャーとお付き合いできたのは、まあルックスでしょう。

美人の姉二人がいる。

社会人・草野球編は追って公開

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